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2020.6.07HOTEL
スザンヌ・マルーク Suzanne Mallouk 作品展示
スザンヌ・マルーク Suzanne Mallouk 作品展示

本日より、中村キース・ヘリング美術館の所蔵するパトリシア・フィールド・アート・コレクションよりスザンヌ・マルークの作品2点をホテルロビー2F、3Fにて展示しております。

2F:”JFK & JO” 1985 Paint on Canvas
3F:”2 Black Men” 1984 Paint on Canvas
Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

この作品展示は7月1日からホテル全館にて行いますパトリシア・フィールド・アート・コレクションの展示の先行展示となります。
現代性と伝統が融合するホテルの空間において、キース・ヘリングの生きた80年代のアメリカにおける社会、ニューヨークのアートの息吹を感じていただけますと幸いです。

また、この展示に際して、作者であるスザンヌ・マルーク氏よりコメントをいただきました。
ご多忙の中、中村キース・ヘリング美術館及びホテルキーフォレスト北杜にコメントをいただきましたこと厚く御礼申し上げます。



私はいつも肌の「白さ」と「黒さ」の社会的構築に興味を惹かれていた。1960年、 白人とアラブ系の両親のもとに生まれた。私が暮らしたカナダの小さな町は、白人ばかりの環境で、私はよそ者扱いをされた。1980年には、アーティスト、ミュージシャン、映像作家、ダンサーなどが集まるイーストビレッジのコミュニティーで暮らすため、ニューヨークシティへ引っ越した。ニューヨークでは、人生で初めて「エスニック」として見られなかった。
突然透明になって、自由になれた気分だった。

1981年、ジャン=ミシェル・バスキアに出会った。それから彼とは1988年の死まで、離れたりくっついたりという恋愛を繰り返した。
彼の父親はハイチ人で私の父親はパレスチナ人。彼の義母はイギリス人で私の母親もそうだった。両母とも、入植者的な視点から、「エキゾチックさ」に惹かれていた。両父とも、白人の妻を持つことを、地位の象徴だと思っていた。この事実は、のちに私たち二人の持つ複雑なわだかまりを明るみに出すのだ。私たちの中に潜む、この独特な「白人さ」に毒された邪悪な部分には、どこか純粋さがあった。血というものが、私たち二人の仲で不穏な取り返しのつかないものになった。彼は黒人で、私は白人。その現実が導いたのは、白人である私に対する、反論しようのない彼の黒人としての怒りだった。そしてその怒りが消えることは二度となかった。「白さ」に隠された私の邪悪さは、彼にとって裏切りであった。「白さ」そのものはそこまでの試練にはならなかっただろう。しかし私の「白さ」には陰があった。

1985年に制作されたこれらのペインティングは、25歳で異人種関係を持ち、二文化の女性として持っていた私の内在的闘争を象徴している。2020年、あれから35年後の今、世界中が過激な警察による暴力に対し抗議する渦中、私たちは「白さ」と「黒さ」の持つ毒と戦い続けているのである。
スザンヌ・マルーク
2020年6月6日

I have always been fascinated with the social constructs of “Whiteness” and “Blackness”.I was born in 1960 to Anglo-Arab parents. I lived in a small town in Canada, where everyone was white and as a child I was othered. I moved to New York City, in 1980 to join a community in the East Village of artists, musicians, film makers, dancers. New York City gave me the opportunity for the first time
in my life to not been seen as “ethnic”. I was invisible and suddenly I felt free.

I met Jean-Michel Basquiat, in 1981. We remained in a romance off and on until his death in 1988.His father was Haitian and mine Palestinian. His step-mother was English as was my mother. Both women held a colonialist attraction to the exotic. Both men saw these English women as a reflection of their status. This was to come to bear on he and I in a complicated way that festered.
There was a pureness in the darker parts of ourselves that was poisoned by this particular form of whiteness.Something kindred became disturbing and unreconcilable because he was black and I white.This resulted in a justified rage in him toward me that we never recovered from. My darkness was covered by whiteness and so was always a betrayal to him. Whiteness, by itself, would not have been such a challenge, but I was in the shadow of Whiteness.
These paintings, done in 1985, represent the internal struggle to navigate my identity, as a 25 year-old bicultural woman in an inter-racial relationship. Now, 35 years later in 2020, as the world protests racially motivated police violence, we as a culture continue to grapple with the poison of Whiteness of Blackness.

Suzanne Mallouk


スザンヌ・マルーク
精神科医/アーティスト(1960年9月10日カナダ生まれ。ニューヨーク在住)
バスキア、キース・ヘリング、ケニー・シャーフやデボラ・ハリーなど、80年代ニューヨーク・ダウンタウンのアーティストの一人。また、歌手としてキャピトル・レコードにも所属。当時まだ駆け出しのマーク・ジェイコブスのファッション・モデルも務めた。1988年バスキアが死ぬまで恋人として、また親友として付かず離れず恋愛関係を続け、
バスキアの死後、カリブ海のグレナダにあるセント・ジョージズ大学医学部で精神医学を学ぶ。現在はニューヨークで精神科医として個人開業する傍ら、パトリシア・フィールドのアートファッション・プロジェクトにもアーティストとして参加している。